この連載「はたらき方をさがして」では、
私が子どもに「おかえり!」が言える働き方にたどり着くまでの道のりを、
少しずつお伝えしていきます。

第1回は、社会人としてのスタートと、
「資格より、実務の道で行こう」と決めるまでのお話です。

就職がとても厳しかった、私のスタート

私が社会に出たのは、就職がとても厳しいと言われた時代でした。
求人そのものが少なく、同級生たちも苦労していた記憶があります。

私自身、何十社にエントリーシートを提出しても、面接にたどり着けるのは片手で数えられるほど。
あまりにも通らないと、「自分なんて、どこも必要としていないんだ」と……。
悲しくて、やるせなくて。そんな気持ちで結果を待つ日々でした。

ようやくいただけた内定も、営業職でした。
自分の性格に向いているのか——
それを考える余裕さえ、あのころの私にはありませんでした。

そんな中でご縁があったのが、税理士法人でした。
職員数20数名が在籍する、事務所としては大きめのところです。

選んだ理由のひとつは、父が職人だったこと。
子どもの頃から、税理士という仕事を身近に感じていました。

就職があんなに大変だったのだから、自分の「武器」になる何かを持たなければ——。
そんな漠然とした不安が、いつも心のどこかにありました。

そうして会計や税務の専門家のもとで、社会人としての一歩を踏み出しました。

働きながら、資格をめざした日々

新卒で慣れない仕事を覚えながら、税理士試験にも挑戦していた最初の数年。
平日は仕事のあと、週2〜3日は専門学校へ。
休みの日も、机に向かう日々でした。

試験は、夏。
受験していた数年は、花火大会などの夏のイベントも我慢していました。

それでも、結果は思うようにいきませんでした。
繁忙期に入ると、勉強の時間はどうしても取れなくなります。
「今年もダメだったか」——結果を見るのが、つらい年もありました。

「実務の道に進もう」と決めた日

そんな日々の中で、あることに気がつきました。

試験の結果は出なくても、
仕事の現場では「ありがとう」「助かったよ」と感謝してもらえる場面が増えていたこと。
実務の経験が、確実に自分の中に積み上がっていたことです。

自分なりに精一杯やってみて、次の試験がダメだったら――

「資格を追いかけるより、実務の道で進もう」
「どうしても資格が欲しくなったら、その時また頑張ろう」

そう決めたら、少しだけ肩の力が抜けました。

チェックする側から、経理実務の側へ

税理士法人での仕事は、いわば会社や個人の経理処理を「チェックする側」。
今度は自分が、実務の側に立ってみたい。
そう思うようになりました。

そうして次に選んだのが、外資系企業の財務部門でした。
あらゆる場面で英語が必須になり、受験勉強は英語の学習へとシフトしました。

  • 関係部署との調整
  • 外資ゆえ、世界各国の経理担当者と英語でのコミュニケーション
  • 時差の関係で終電ギリギリまで関係会社との折衝
  • システム改変で業務の見直し

大変なことも多かったけれど、実務の力が鍛えられた、濃い日々でした。

いま振り返って思うこと

「資格より、現場で培った経験を強みにする」

この選択が正しかったのかどうか、当時はわかりませんでした。
けれど、ずっとあとになって——働き方が大きく変わる時代を迎えたとき、
この選択が、私を助けてくれることになります。

その話は、この連載の中で少しずつ書いていきますね。

次回は、結婚での引越しと、仕事がゼロになった日のことを書きました。

▶ 次回はこちら: 02 結婚で変わった働き方

▶ 私のこれまでの道のりは プロフィール にまとめています。

▶ 連載のまとめ読みはこちら: 総集編 「おかえり」が言える働き方にたどり着くまで

🕯 いまトンネルの中にいるあなたへ

がんばっているのに、結果につながらない時期があります。
でも、結果にならなかった時間にも、積み上がっているものがきっとあると思います。
私の場合、それに気づくまで、ずいぶんかかりました。
今日も一日、おつかれさまでした。

この記事を書いた人
いちてぃ

いちてぃ

結婚、転勤、出産。立ち止まるたびに働き方を探しつづけて、いまは子どもに「おかえり」が言える在宅の経理の仕事をしています。

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