📌 この記事でわかること
✅ 頼れる人がそばにいない状態で過ごした子育ての日々
✅ 「頼ってね」と言われても頼れなかった理由
✅ 疲れ切ってから気づいた、手を伸ばせば届いたもの

「おかえりのじかん」のいちてぃです。

出産直後から、ある程度成長するまで、文字通り必死に子どもに向き合っていました。体の不調や気持ちの落ち込み、そしていま振り返って、改めて心に響いた言葉がありました。

頼れる人が、そばにいませんでした

約1ヶ月の里帰り出産のあと、夫の転勤で引っ越した自宅に戻ってからは、日中を子どもと2人きりで過ごす生活がはじまりました。 あいにく実家は離れており、夫は仕事で忙しく帰宅は夜遅く、出張で家を空けることも多かった状況での育児でした。 すぐ近くに頼れる親戚・家族がいなかったため、大人と話さずに一日を終える日もありました

日中は抱っこで過ごす時間が多かったということもあり、手首を痛めてしまいました。 包丁を握るたびに激痛が走り、ハサミも使えず、何よりひとりで子どもをお風呂に入れることが当時は一番大変でした。 お風呂の前に、両方の手首にしっかりテーピングをしていても、お湯を少し張った洗面器を片手で持つことができないほど症状が悪化していました。

わたしなりに試したこと

わたしなりに試したことは、主に二つです。

・離れた実家へ、夏休みや春休みに母子で長期帰省をしたこと その頃は仕事を辞めていた時期だったので、長く帰省できていました。 祖父母や従兄弟と一緒に生活することで、子どもだけでなく、わたしにとっても大きなリフレッシュになりました。 時間の許す限り、その後も毎年計画して行っていました。

・週末は夫に子どもを預けて、ひとり時間を確保したこと わたしはもともと本が好きだったので、書店に行くと時間を忘れて長い時間滞在してしまいます。 夫に作ってもらったひとり時間でも、やはり書店めぐりでじっくり本を選んだり、購入した本を手にカフェでゆっくりとした時間を過ごしていました。

その帰りに買い物へ行っても、結局は自分より夫や子どもの好きなものを探して帰っている自分がいました。 やっとの思いでひとりになっても、結局は家族が好きなのだと再確認しました

そうは、行きませんでした

園に行けば大丈夫だと聞いていたけれど、そうは行きませんでした。

お迎えのあと、友達と帰り道にある公園で遊ぶ時間があったので、お菓子や遊び道具を準備して迎えに行っていました。
帰り道のルートを、その日の様子で変えました。(公園遊び/遊歩道の散策/直帰して一緒に買い物)
買い物は週末にまとめるようになりましたし、状況に応じて早めに切り上げて帰る策を、その都度練っていました。

何より、お迎え後に大人が時間を気にしてヤキモキしないように、予定そのものを立てなくなりました

「頼ってね」と言われても

子育て広場やママたちで集まると、自然とお互いの悩みを打ち明けることも多かったのですが、どこまで分かってもらえるか半信半疑で話をしていたことを記憶しています。

もちろん、子育ての大変さに上下はないことは分かっています。 それでも、実家の協力を得て子育てしているハツラツとしたママさんを前にすると、気後れして正直な気持ちを話すことができませんでした

優しい気遣いや頼ってねという言葉に、どうしても素直に胸を委ねることはできませんでした。
当時は気持ちの整理ができていなかったのですが、なぜそうだったのかを今になって振り返ると、うらやましさや自分がそうできない歯痒さ、そういったものがあったのだと思います。

ときには遠出するイベントや大勢の集まりに誘われることもありましたが、大変になることが容易に想像できたため、ありがたい提案だったのですが、やんわりお断りをしていました。 また、すでに試して効果がなかった寝かしつけの方法をたくさん提案された時は、ダメだったと言えず「ありがとう、試してみるね」と答えてその場をやり過ごしていました

誰かの力を借りることも、親として生きる力

これは、手がかりを探すために読んでいた本の中にあった言葉です。
この言葉の理解力が、当時のわたしには足りていなかったと痛感しています。

産後ケアをしっかり活用すれば、気持ちの落ち込む頻度も少なかっただろうということ、何よりずっと抱っこで痛めた両手の腱鞘炎を回避できたと思います。

また、赤ちゃん期からイヤイヤ期の頃はシッターさんを活用すれば、ワンオペで人と会話が減った状況だったので、経験豊富なシッターさんと会うことで気分転換することもできただろうし、会話から何か悩みのヒントを得られた気もします。

その時々で助けを求められていれば疲弊する程度も軽く、その後の幼児期や学童期には、悩みを共有できるコミュニティを積極的に探すことができたのではないかと感じます。

すべては疲れすぎて日々の生活にいっぱいで、気力がわかなかったことが要因でした。
だからこそ、この記事を読んでいるあなたに伝えたいです。
どうか、ご自身が疲れ切ってしまう前に、使えるもの(頼れるものや人)に目を向けて頼ってほしいと思います。

おわりに

周りが善意でかけてくれた言葉たちは間違っていなかったと思います。 でも、置かれている状況やその他の事情で、必ずしも当てはまらない場合もあるのだとも思います。 ただわたしに足りなかったのは、手を伸ばせば届くところに色々なヒントがあったのだという「気づき」でした

▶ HSCを知るまでの記録:
時間は解決してくれなかった ~出口を探しはじめるまで~

▶ 親の気持ちがゆれる日に:
HSPと子育て
私たちは子どもに何ができるのか~非認知能力について~
Today(今日)という詩

こんな方におすすめ

✅ 周りに頼れる人がいない状態で子育てをしている方
✅ 「頼ってね」と言われても、素直に受け取れない方
✅ 助けを探す気力そのものが残っていないと感じる方

🕯 いまトンネルの中にいるあなたへ

頼れなかったことを、あとから責めなくていいのだと思います。
知らなかっただけ、気づかなかっただけのことです。

その手がかりは、もう用意されていることもあります。

【参考文献】
・今日からしつけをやめてみた(柴田愛子監修・主婦の友社)

この記事を書いた人
いちてぃ

いちてぃ

結婚、転勤、出産。立ち止まるたびに働き方を探しつづけて、いまは子どもに「おかえり」が言える在宅の経理の仕事をしています。

わたしの物語を読む(連載の総集編)
プロフィールを見る